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 コンサート「作曲家 山下康介 コーラスとオーケストラの世界」レポート

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朝ドラから仮面ライダーまで 幅広いジャンルの音楽が響かせる希望のサウンド

 

Text by 腹巻猫(劇伴倶楽部)

 

 

●作曲家・山下康介、初の個展コンサート

 

温かく豊かな音に包まれた2時間余り。心に希望と勇気がわいてくるコンサートだった。

 

12月3日(金)、なかのZERO大ホールで「作曲家 山下康介 コーラスとオーケストラの世界」が開催された。

映画やドラマ・アニメなどの音楽を中心に活躍する作曲家・山下康介の初の個展コンサートである。

 

山下康介について簡単に紹介しておこう。山下康介は1974年、音楽の都・静岡県浜松市に生まれた。少年時代から作曲家を志し、東京音楽大学に進学。在学中から作曲・編曲の才能を発揮し、師事した羽田健太郎から「100点満点」と評されたこともある。卒業後、大林宣彦監督の映画音楽やゲーム『信長の野望』の音楽などを手がけて頭角をあらわし、東映スーパー戦隊シリーズ『魔法戦隊マジレンジャー』(2005)の音楽担当に歴代最年少の若さで抜擢される。さらに人気ドラマ『花より男子』(2005)の音楽を担当して、広くその名を知られるようになった。以来、映画やテレビ等の映像音楽やコンサート・舞台等の音楽監督・アレンジを中心に活躍している。どちらかといえば表に出ることの少ない仕事だが、その腕前は業界では広く知られ、演出家やアーティストから絶大な信頼を得ている作家なのだ。

 

今回のプログラムは、山下がこれまで手がけたドラマ・アニメ・ゲームなどの多彩なジャンルから選ばれた。しかも、主題歌やメインテーマだけでなく、劇中に流れる背景音楽(BGM)まで演奏されたのだから、サントラファンにはたまらない内容だ。映画やテレビで耳になじんだ曲にはわくわくし、知らない曲でも「どんな作品なのだろう?」と想像をふくらませて聴くことができる。サウンドトラック=映像音楽の醍醐味である。

さらに、このコンサートのために山下康介が書き下ろしたオリジナル曲2曲も初演された。いずれも山下康介らしいメロディとサウンドが感動を呼ぶ楽曲で、この時代に音楽を世に送り出す想いまでも伝わってくる。その世界初演に立ち会えたことがうれしかった。

 

演奏は、管弦楽がオーケストラ・トリプティーク、コーラスが歌人三昧サマディ、指揮は山下康介自身が務めた。オーケストラ・トリプティークは伊福部昭や黛敏郎など名だたる邦人作曲家の作品や日本の映画音楽を演奏し続けているオーケストラで、現代音楽的なスコアからポップス的なサウンドまで幅広い表現が求められる今回のコンサートにはまさにうってつけ。歌人三昧サマディは国内外で活躍するオペラ歌手によるクラシカルサウンド集団。山下康介とは特撮ドラマ『仮面ライダーセイバー』で一緒に仕事をした縁がある。男女8人ずつ、計16人の編成で厚みと深みのあるコーラスを聴かせてくれた。

さらに、スペシャルゲストとして日本を代表するトロンボーン奏者・中川英二郎が出演し、コンサートに華を添えた。中川英二郎は映像音楽の録音にも多く参加しているが、ふだんはライブやレコーディングで国内外を飛び回っているため、なかなかその生音を聴ける機会がない。この日は「たまたまスケジュールが空いていたため」客演がかなったというから、会場に集った観客はとてもラッキーだった。

 

●第1部

 

コンサートの第1部、最初の曲は山下康介が書き下ろした新曲「Daybreak」。

静かな序奏から男声ソロ(堺裕馬)によるヴォーカルを経て、美しいハーモニーのコーラスに展開していく。オーケストラとコーラスの共演は本コンサートのテーマでもあるから、まさに開幕にふさわしい1曲だ。曲名の「Daybreak」とは夜明けのこと。夜の闇を破る光の意味があり、混沌とした今の世の中に希望の光がさすようにとの祈りにも似た気持ちが感じられた。

 

2曲目はゲーム『信長の野望「天道」』(2009)から「幾瀬の想い」。混声コーラスをともなったスケールの大きな楽曲で、重厚なサウンドに圧倒される。『信長の野望』シリーズは山下康介にとっても思い入れのある作品で、もっと多く演奏したかったが今回はこの1曲にしぼったそうである。

 

続いては2005年に手がけたテレビアニメ『Xenosaga THE ANIMATION』から山下康介作曲によるオープニングテーマとエンディングテーマ。オーケストレーションの巧みさもさることながら、山下がすぐれたメロディメーカーでもあることを確認できる2曲だ。オープニングテーマ(「Xenosaga メインタイトル」)はもともとコーラス入りの曲だが、歌人三昧サマディの歌声を得てよりパワーアップした演奏になった。また、オリジナルでは五條真由美が歌ったエンディングテーマ「in this serenity」は、ヴォーカルの代わりにチェロのソロ(任キョンア)をフィーチャーしての演奏。落ち着いた味わいの曲に生まれ変わって、メロディの美しさが際立った。

 

ここで、アレンジャーとしての山下康介の仕事を代表する曲として、映画『ドラえもん のび太の太陽王伝説』(2000)の主題歌「この星のどこかで」(作詞・上村美保子、作曲・大江千里)が演奏された。山下自身もとても好きな歌で、時折思い出して口ずさむことがあるという。オリジナルは安田祥子・由紀さおり姉妹が歌った曲。今回は歌人三昧サマディのメンバーである吉田美咲子(ソプラノ)と豊島ゆき(メゾソプラノ)の2人が歌唱し、透明感のある歌声を聴かせてくれた。オーケストラと女声ヴォーカルのアンサンブルが作り出す響きは神秘的ですらあり、心洗われるような気持ちになる。

 

第1部の中盤を盛り上げたのが『海賊戦隊ゴーカイジャー』(2011)のコーナーだ。東映スーパー戦隊シリーズの1作で、山下康介の文字通り「豪快」なオーケストレーションが堪能できる作品である。ここでは劇中音楽(BGM)から6曲を選んで組曲風に演奏。ゴーカイジャーのテーマ~サスペンス(敵の襲撃)~変身~戦い~勝利とドラマティックな流れで曲が演奏され、思わずこぶしを握りしめてしまう。激しい闘いや爆発などが描かれる特撮ヒーロー番組の音楽では、派手な映像や効果音に負けない音楽が要求される。山下康介の音楽は力強く、スケールの大きな響きでヒーローの活躍を盛り上げるのだ。オーケストラのサウンドに包まれていると、ヒーローたちと同じ世界にいるようなリアルな空気感さえ感じられる。コンサートならではの体験だ。

 

第1部の最後は中川英二郎のトロンボーンをフィーチャーしてのコーナー。

まずはNHK朝の連続テレビ小説『瞳』(2008)から「メインテーマ」。東京の下町・月島を舞台にしたドラマらしい、家族のぬくもりや生活の匂いが伝わってくる曲だ。オリジナルと同じ中川英二郎の演奏は、どこまでも温かくやさしく、しみじみと胸にしみる。

続いてもう1曲、山下康介が中川英二郎のために書いた新曲「BORN ON THE EARTH」。「今の世の中だからこそ、前向きになれる曲を」との山下の想いが込められた作品である。中川英二郎のトロンボーンが明るく歌い、小粋にスウィングする。曲名の「BORN」には「HORN」の意味も込めているのだそうだ。今、この地球に生まれた音、それは、希望の音に違いない。

演奏が終わり、万雷の拍手のあと、中川英二郎がアンコールで1曲、観客の手拍子をバックに「Santa Claus Is Coming To Town(サンタが街にやってくる)」をたっぷりのアドリブをまじえて披露してくれた。ちょっと早いクリスマスプレゼント、世界を魅了する音にうっとりと聴きほれた。

 

●山下康介の挑戦

 

ここでコンサートは休憩に入る。その間に、今回のコンサートについて思ったことを書き記しておこう。

山下康介は、本公演で挑戦的な試みを行っている。ひとつは電気楽器を入れない古典的なクラシック編成のオーケストラで演奏したこと。もうひとつは歌人三昧サマディの歌声を大きくフィーチャーしたことである。

現代の映像音楽の多くはエレキギターやエレキベースを入れた編成で録音される。アクションを見せる作品やテンポ感が重視される作品は、ビートの効いた音楽のほうが効果的だからだ。また、音楽録音はスタジオで楽器セクション別に行い、あとからバランスを調整してミックスし、完成させるのが一般的。ソロ楽器の音を大きく響かせたり、音を左右に振り分けたりといった調整がそこで行える。生演奏で聴かせることは本来想定されていないのである。

こうして作られる映像音楽をコンサートで演奏する場合は、電気楽器の音とマイクで拾ったオーケストラの音を会場のPA(音響機器)で合成してスピーカーで流すケースが多い。

しかし、本コンサートは電気楽器やPAを入れず、純粋にオーケストラの生音だけで演奏された。これはとてもチャレンジングなことだ。オリジナルスコアをそのまま演奏しても、ホールではサウンドトラックと同じ音には聴こえないからである。

山下康介は今回のコンサートのためにスコアに手を入れ、生音だけで十分に鳴るようにオーケストレーションを書き直している。オリジナルそのままではないが、まぎれもなく山下康介の音になっているのだ。こうしたコンサート用の編曲はジョン・ウィリアムズやエンニオ・モリコーネといった巨匠たちも行ってきたことで、サウンドトラックのコンサートとしては理想的なスタイルと言っていいだろう。

オーケストラは25人の弦楽器に金管、木管、ピアノ、ハープ、パーカッションを加えた総勢45人の編成。大編成と呼ぶほどの人数ではないが、山下のアレンジにかかると、オケがよく鳴る。音の選び方や組み立て方がすぐれているのである。絵にたとえて言うと、同じ題材を描いても構図(レイアウト)や色の付け方によって印象は異なる。見せたいものを際立たせ、絵のテーマを見る人に伝えるにはすぐれた構成力や色彩感覚が必要だ。音楽も同じで、同じメロディでもアレンジによって聴こえ方や伝わり方は大きく異なる。山下康介はその力が抜きんでているのである。

また、今回のように16人規模のコーラスを入れた編成は、ポップスやサウンドトラックのコンサートでは珍しい。山下は、オリジナルではコーラスの入ってない曲にコーラスを加えたり、ヴォーカルを楽器の代わりに使ったりと、歌人三昧サマディの歌声を最大限に生かすようにアレンジを工夫している。

結果、オリジナルスコアをベースにしながら、今回のコンサートならではのアレンジでほとんどの曲が演奏されているのである。なんともぜいたくな内容になった。

 

●第2部

 

第2部の1曲目は、テレビ東京系の美術番組『美の巨人たち』のエンディングテーマ「エターナルストーリー」(2012)。原曲はトランペットとサックスのデュオで演奏されるが、今回は歌人三昧サマディから内山侑紀(ソプラノ)と下村将太(テナー)の2人のヴォーカルをフィーチャーしたアレンジで演奏。山下康介が書く、美しい、あまりに美しいメロディに引きこまれる。人の声で演奏されたことで、命の息吹が感じられる曲になった。

 

続いては筆者も楽しみにしていたアニメ『ちはやふる』(2011)のコーナーである。

大編成のオーケストラをみごとに鳴らすのは山下の得意とするところで、スケールの大きなアニメや特撮作品でその持ち味が生かされている。が、本作はひと味違う。競技カルタに打ち込むヒロイン・綾瀬千早とその仲間たちの青春を描く作品で、音数を抑えたストイックな音楽が競技の緊張感や心理の綾を表現している。繊細なサウンドで聴かせる音楽なのだ。

演奏されたのは「メインテーマ」「高ぶるキモチ」「M79(サントラ未収録なので曲名が付いてない)」「秘めた想い」の4曲。「メインテーマ」が流れ始めた瞬間、「ああ、『ちはやふる』だ!」と鳥肌だつような感情が襲ってきた。

アニメ『ちはやふる』は2011年放送の第1期から2019年放送の第3期まで、中断を挟みながら10年にわたって続いている作品である(まだ完結していない)。テレビアニメでは通常1作につき4050曲ほどの音楽を書かないといけないが、本作の場合は30曲程度と少なく、代わりに1曲を長くしてほしいというリクエストがあったという。劇中でも曲が長く使われていて、そのぶん音楽が強く印象に残る。演奏を聴きながら、筆者も千早たちの青春を思い起こしていた。

 

次は特撮ドラマ『仮面ライダーセイバー』のコーナー。2020年9月から2021年8月まで放送された最新作品だ。ここでは劇中音楽から5曲を選び組曲風に演奏。『ちはやふる』から一転して、冒険ファンタジー映画のような勇壮な音楽が鳴り渡るコーナーになった。歌人三昧サマディのコーラスもたっぷりフィーチャーされている。なかでも聴きどころは5曲目に演奏された「Timeless story」。もともとBGMとして書かれた曲に歌詞を付けた挿入歌で、オリジナルも歌人三昧サマディが歌っている。山下のタクトに導かれ、オーケストラとコーラスが重層的にからみあい、大きなうねりとなっていく。迫力満点の演奏でコンサートホールが一気にワンダーワールド(『仮面ライダーセイバー』に登場する異世界の名称)になった。

 

コンサートを閉めくくる作品は『花より男子』。人気少女漫画を原作にしたテレビドラマである。井上真央が演じたヒロイン・牧野つくしは、逆境にくじけず、まっすぐに生きる正義感の強い少女。そんなつくしの姿に勇気をもらったファンは多かったはずだ。

演奏されたのは「絆」「つくし」「メインテーマ」の3曲。特に感動したのは「メインテーマ」だ。華やかでわくわく感あふれる、ミュージカルナンバーのような曲。山下康介によれば、この曲はなかなかOKをもらえず、何回も書き直したのだという。原曲はエレキギターが主旋律を担当しているが、コンサートではオーケストラとコーラスによるアレンジで演奏された。つくしのように今の世の中をたくましく生きてほしい。そんな想いが伝わってくる熱い演奏だった。

 

アンコールは山下康介が歌人三昧サマディのために書いたオリジナル曲「ヴォカリーズ」。オーケストラをバックに美しいコーラスが響き渡る。それぞれに色の異なる声から紡がれるタペストリーのようだ。これは歌と音楽を愛するすべての人々に向けた贈り物だと思った。

 

●希望のコンサート

 

いろいろな意味で希望を感じたコンサートだった。

ひとつは、長い自粛の時期を経て、ようやく思い切り音を鳴らし、歌い、それを楽しめるコンサートが開催されたこと。観客はもちろん、演奏メンバーも、山下康介本人も、本当に楽しそうだった。

ふたつ目は、山下康介の音楽とサウンドトラックの魅力をあらためて実感するコンサートだったこと。音楽自体が前向きで高揚感があり、魂をゆさぶられる。さらに音楽を聴くと物語やヒーロー・ヒロインの姿が心に浮かび、前に進む勇気がわいてくる。

加えて、山下康介のアレンジがすばらしく、サウンドトラックをコンサートで演奏するひとつのお手本だと感じたこと。楽器編成を生かしたオーケストレーションもみごとだし、コーラスが加わることで音楽がさらにパワーアップしていた。映像音楽のコンサートにはまだまだ可能性があると思った。

もっともっと、こんなコンサートが聴きたい。そして、多くの人に映像音楽の面白さ、魅力を知ってほしい。満足感と希望を胸に会場をあとにした。

 

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腹巻猫(劇伴倶楽部)

音楽ライター。サウンドトラック・アルバムの構成・解説、映像音楽関連の執筆を中心に活動。著書に『スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全』『日本懐かしアニソン大全』(辰巳出版)。